● 明治44年3月24日付けの静岡民友新聞(鈴木家所有)の紙面より下記の記事を見つけました

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下記に現代漢字に変換したものを掲載しておきます
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古城跡建碑
周智郡飯田村字峰山に天正年間に山内對馬守一豊の居城ありしが徳川武田兩 ( ) 氏戰 ( ) 争の際
( ) 落し数百年後の今日城跡は畑地と化し舊 ( ) 跡僅かに存するのみなりしが村民は此の名城跡の煙滅せん
ことを憂い有志協議の結果建碑を決定し碑面の揮毫は樞 ( ) 密顧問官男爵細川潤次郎氏に依頼して目下彫刻中なり
碑臺(台)下の石垣石材は磐田郡敷地村敷地川原より取寄せることとなり飯田村各區(区)(青)年會(会)員百餘(余)名は
此程既に運搬し終りたれば近日の内築造に着手し碑の出來(来)上り次第除幕式を行わん筈なり建碑竣工の上は
名城跡の名永久に傳(伝)はるのみならず周智郡下一名勝を増すことなるべし地下の靈(霊)も亦大いに喜ぶべし
明治44年3月24日付 静岡民友新聞記事より